資産運用会社(アセットマネジメント会社、いわゆるアセマネ)で運用実績を管理していると、GIPSという言葉が出てくる。
GIPS(Global Investment Performance Standards:グローバル投資パフォーマンス基準)は、運用パフォーマンスを公平かつ比較可能な形で顧客やプロスペクトに提示するための基準である。単純に「リターンを計算するルール」と考えると、実務上かなりの部分を見落とす。
GIPSの実務で特に重要なのが、
- どのポートフォリオを同じグループとして扱うか
- いつからそのグループに入れるか
- 一時的に外すことがあるのか
- どのようなリターンを比較するのか
- ベンチマークと本当に同じ土俵で比較できているか
という問題である。
この中心にあるのが**コンポジット(Composite)と裁量(Discretion)**の考え方である。
1. GIPSとは
GIPS(Global Investment Performance Standards)は、運用会社が投資パフォーマンスを公平かつ比較可能な形で表示するための国際的な基準である。
アセットマネジメント会社では、年金基金や金融法人などの機関投資家から資産運用を受託している。こうした運用実績を営業資料などで示す際に、運用会社が都合よく実績を選んだり、悪かった口座を除外したりできてしまうと、運用会社同士のパフォーマンスを公平に比較できない。
そこでGIPSでは、どのような運用口座をどのコンポジットに含めるのかをあらかじめルールとして定め、そのルールに従って継続的にパフォーマンスを集計することを求めている。
例えば「日本株アクティブ運用」という戦略であれば、成績の良かったファンドだけを集めたり、成績が悪化した口座を途中で外したり、新しく成績の良いファンドだけを追加したりすることはできない。
つまりGIPSは、単にリターンの計算方法を決めるための基準ではなく、「どの実績を、どのようなルールで、継続的に表示するか」まで含めて運用実績の公平性を担保するための仕組みと考えると分かりやすい。
また、GIPS準拠の実績は運用会社が自分で作って終わり、というものでもない。実務では、監査法人などの第三者によるチェックを受けているケースが多く、チェック後に都合よく実績を変更するような運用はできない。
このように、GIPSでは運用会社が自社に都合のよい実績だけを見せることを防ぎ、プロスペクトや投資家が運用会社の実績を公平に比較できるようにすることが大きな目的となっている。
この「どの口座を同じ運用実績としてまとめるのか」という考え方が、GIPSを理解するうえで重要になるコンポジットにつながる。
2. コンポジットとは
コンポジットとは、類似した投資マンデート、投資目的、投資戦略を持つポートフォリオをまとめたグループである。
例えばアセマネ会社に、日本株アクティブ戦略、日本株インデックス戦略、米国株アクティブ戦略、グローバル債券戦略があれば、それぞれ別のコンポジットとして管理するイメージになる。
重要なのは、商品単位でコンポジットを作るわけではないということだ。
例えば、投資一任口座、私募投信、公募投信、外国籍ファンドが存在していても、単純に「商品形態が違うから別コンポジット」と決まるわけではない。
一方で、商品形態や運用スキームの違いによって、投資制約、運用方法、為替ヘッジ、評価方法、流動性、キャッシュフローへの対応などが実質的に異なり、結果として運用戦略やパフォーマンス特性が異なるのであれば、別コンポジットとすることが合理的な場合がある。
したがって、
「投信か一任か」ではなく、「実際にどのような運用戦略として運用されているか」
を見るのが基本になる。
3. コンポジットを作るときに考えること
3-1. 為替ヘッジの有無
外国株式などでは、為替ヘッジの有無によって円ベースのリターンが大きく変わる。
例えば、外国株式・円ヘッジあり、外国株式・円ヘッジなしを同じコンポジットに入れた場合、株式の銘柄選択や資産配分とは関係のない為替要因によって、ポートフォリオ間のリターンのばらつきが大きくなる可能性がある。
そのため、為替ヘッジが運用マンデートや戦略上の重要な違いとなっている場合には、別コンポジットとすることが合理的になる。
逆に、「為替ヘッジありだから必ず別コンポジット」という単純なルールでもない。
重要なのは、ヘッジの有無が戦略上どのような意味を持っているかである。
顧客に提示する資料として考えても、ヘッジあり・なしを一つにまとめた結果、為替だけで大きな差が生じてしまうのであれば、「このコンポジットは何の運用能力を表しているのか」が分かりにくくなる。
3-2. 外国資産の評価時点と為替レート
外国株式や外国債券では、投資信託と投資一任で評価方法が異なることがある。
例えば国内投資信託では、
8月31日の基準価額 → 外国証券は前日の現地市場価格を使用 → TTM等の所定の為替レートを使用
という処理になっている一方、投資一任では、
8月31日時点の評価 → WM/Reuters等の所定の為替レートを使用
ということがあり得る。
この場合、どちらも「8月31日の外国株式パフォーマンス」と呼べるものの、実際に参照している市場時点が異なる。
市場が1日で大きく動けば、その1日の差だけでリターンに違いが生じる。
さらに、現地市場価格の評価時点、為替レートの評価時点、TTMとWM/Reuters等の為替レートの違いまで重なると、同じ戦略を運用していても数字に差が出る。
GIPS上、異なる評価方法や評価頻度が存在すること自体が直ちにコンポジット分離を意味するわけではない。
しかし、顧客提示という観点では、
同じコンポジットに入れたポートフォリオが、本当に同じ土俵で比較できているか
を考える必要がある。
特に外国資産では、この問題を無視すると「運用能力の差」に見えているものの一部が、単なる評価時点や為替レートの差だった、ということが起こり得る。
4. GrossとNet――何を控除したリターンなのか
コンポジットのパフォーマンスを見るうえで、もう一つ重要なのが**Gross-of-fees(グロス)とNet-of-fees(ネット)**である。
簡単に言えば、
Gross:手数料等を控除する前のリターン Net:所定の手数料等を控除した後のリターン
という違いである。
ここで投資一任と投資信託を考えると分かりやすい。
投資一任口座では、運用実績を運用報酬等の控除前・控除後のどちらで管理しているかを明確に定義する必要がある。
一方、投資信託では基準価額(NAV)が日々計算され、その中から信託報酬などのファンド費用が控除されている。
そのため、
一任口座:グロス 投資信託:ネット
のような異なる計算ベースの数字を、そのまま同じコンポジットに混ぜると、パフォーマンス差の原因が分かりにくくなる。
例えば、一任口座10.0%(グロス)、投資信託8.0%(ネット)となっていたとしても、その2%の差が運用能力の差なのか、費用の差なのかは判断できない。
そのため、同一コンポジット内で異なる商品形態を扱う場合には、どの費用をどのように扱い、どの基準でリターンを計算しているのかを整理する必要がある。
場合によっては、NAVベースのリターンに一定の費用を考慮してグロスベースのリターンを算出する、いわゆるグロスアップを検討することもある。
ただし、
「投信のNAVに信託報酬を全部足し戻せばGIPS上のグロス・リターンになる」
という単純な話ではない。
どの費用をどう扱うかは、GIPS上のリターン定義や費用の取り扱いとの整合性を確認する必要がある。
実務では、「GIPSに合わせるために計算する」だけではなく、「顧客が見たときに同じ基準の数字として比較できるか」まで確認することが重要になる。
5. 新規ファンドはいつからコンポジットに入れるのか
新しいファンドが設定された場合、設定日から即座にコンポジットへ組み入れるとは限らない。
例えば、8月1日に新しい外国株式ファンドを設定したとする。
設定直後は、現金100%、株式を少しずつ購入、数日から数週間かけてポートフォリオを構築、といった状態になることがある。
このような場合、設定直後の期間は完成した外国株式戦略の実績というより、ファンド設定時の資金投入プロセスを強く反映する可能性がある。
GIPSでは、新規ポートフォリオをいつコンポジットへ組み入れるかについて、コンポジットごとの組入れポリシーを定めることができる。
例えば、「運用開始後の最初のfull measurement periodから」「ポートフォリオが一定程度fully investedになった時点から」など、あらかじめ基準を定めておき、そのルールを一貫して適用する。
したがって、新規ファンドについては、
設定日=コンポジット組入れ日
とは限らない。
「ポートフォリオが戦略を実装できる状態になったらコンポジットに入れる」という考え方もできる。
ここで注意したいのが、
まだコンポジットに入れていない=非一任
ではないという点である。
運用者が裁量を持ち、戦略に従って現金から株式へ投資しているのであれば、その期間も裁量下にある可能性がある。
つまり、新規ファンドについては、非一任だから除外するのではなく、あらかじめ定めた新規ポートフォリオの組入れポリシーによって組入れ時期を決めるという考え方がある。
6. 非一任とは何か
GIPSでいう**Discretion(裁量)**は、コンポジットを考えるうえで非常に重要な概念である。
簡単に言えば、
運用会社が、そのポートフォリオについて意図された投資戦略を実行できる状態にあるか
という問題である。
運用会社に十分な投資裁量がないポートフォリオは、通常の運用戦略を代表するパフォーマンスとしてコンポジットに含めることが適切ではない。
例えば顧客から、「この株は絶対に売るな」「この銘柄は必ず保有し続けろ」といった強い投資制約を受け、そのために通常の戦略を実行できないのであれば、ポートフォリオ全体または一部について非一任として扱うことを検討することになる。
一方、「新しいファンドなので現金から徐々に株式へ投資している」というだけなら、運用者がその投資判断を行っている限り、必ずしも非一任ではない。
この区別はかなり重要である。
7. 大口キャッシュフローと「一時的な除外」
非一任とは別に、GIPS実務でよく問題になるのが**Significant Cash Flow(重要なキャッシュフロー)**である。
例えば100億円の資金が追加投入されたとする。
この100億円をすぐに全額投資できず、
現金100億円 ↓ 徐々に株式を購入 ↓ 数日後に通常のポートフォリオへ
という状態になれば、その期間のポートフォリオは通常の戦略を十分に代表していない可能性がある。
ここで重要なのは、
大口キャッシュフロー=非一任
ではないということ。
運用者が100億円をどう投資するかを判断しているのであれば、裁量自体は存在している。
問題は、大口の資金移動によって一時的に通常の戦略を実行することが難しくなるかどうかである。
GIPSでは、Significant Cash Flowを採用する場合、その基準をコンポジットごとに定めることができる。重要なキャッシュフローによって一時的に戦略の実装が妨げられ、ポートフォリオがコンポジット戦略を代表しなくなる場合に、ポートフォリオを一時的にコンポジットから外す仕組みである。
したがって、
非一任として扱うこと
と、
Significant Cash Flowにより一時的にコンポジットから除外すること
は分けて考える必要がある。
8. Significant Cash Flowの基準は「後から都合よく決めない」
Significant Cash Flowの取り扱いで特に重要なのが、事前にルールを決めておくことである。
例えば、
「今回の100億円流入は運用成績に悪影響だったから除外しよう」
という後付けの処理はできない。
あらかじめ、
「このコンポジットでは、ポートフォリオの○%以上の外部キャッシュフローをSignificant Cash Flowとする」
といったルールを定め、そのルールを一貫して適用する必要がある。
また、Significant Cash Flowの基準は、単純に「金額が大きいか」だけで決めるものではない。
例えば、市場の流動性、市場のボラティリティ、投資戦略、運用資産の流動性、運用会社の取引能力などによって、「どの程度のキャッシュフローなら戦略の実行を妨げるか」は変わる。
GIPSでは、Large Cash FlowとSignificant Cash Flowは別の概念として扱われる。
Large Cash Flowは、ポートフォリオを評価しなければパフォーマンスが歪む可能性がある水準、Significant Cash Flowは、顧客からの外部キャッシュフローによって戦略の実装そのものが一時的に妨げられる可能性がある水準と考えると分かりやすい。
この2つを混同すると、GIPSのキャッシュフロー処理がかなり分かりにくくなる。
9. ファンドのクローズ・償還時
新規ファンドとは逆に、ファンドがクローズ・償還される場合には、いつまでコンポジットに残すのかを考える必要がある。
例えば、
償還決定 ↓ 保有株式を順次売却 ↓ 現金化 ↓ ファンド終了
という流れになった場合、単純に「償還が決まった日からコンポジットから外す」というわけではない。
GIPSでは、終了したポートフォリオについて、原則として運用会社が裁量を持っていた最後のfull measurement periodまでコンポジットの過去実績に含める。
一方で、償還の決定によって顧客から売却・清算を指示され、運用会社が通常の投資戦略を実行する裁量を失ったのであれば、その時点以降はコンポジットから除外することになる。
したがって、新規ファンドと同様に、償還ファンドについてもコンポジットからの除外時点をあらかじめ定めたルールに基づいて管理することが重要になる。
新規ファンドでは「いつから入れるか」、償還ファンドでは「いつまで入れておくか」という考え方である。
例えば、新規ファンドについて「ポートフォリオがfully investedになった時点から組み入れる」というポリシーを採用しているのであれば、設定日ではなく、その組入れ基準を満たした日を組入日として管理する。
償還ファンドについても、単に「償還決定日」ではなく、運用会社の裁量がいつまで存在したのか、通常の戦略をいつまで実行していたのかなどを確認したうえで、除外日を決める。
これは非一任やSignificant Cash Flowとは別の論点である。
つまりGIPSの実務では、「非一任だから外す」だけではなく、「新規だからまだ入れない」「終了だから一定の時点で外す」というコンポジットへの組入れ・除外ルールそのものも重要になる。
10. コンポジットは途中で別のコンポジットへ移せるのか
これは実務で意外と重要なポイントである。
結論から言えば、
自由に移すことはできない。
例えば、
Aコンポジットの成績が悪くなった ↓ Bコンポジットへ移そう
ということはできない。
また、
今月はAコンポジットの方が成績が良さそうだからAに入れよう
といった運用会社側の戦術的な判断による移動も認められない。
GIPSでは、ポートフォリオを別コンポジットへ移すことができるのは、原則として、顧客による投資マンデート・投資目的・投資戦略の変更が文書化されている場合、コンポジット自体の定義変更によって移動が適切になる場合などである。
そして重要なのが、
過去の実績まで新しいコンポジットへ持っていくことはできない
という点である。
例えば、
2022~2025年:Aコンポジット 2026年:戦略変更によりBコンポジット
となった場合、2022~2025年の過去実績はAコンポジットに残る。
これは、運用会社が後から「このコンポジットに入れておいた方が見栄えがいい」といった操作をできないようにするための重要な仕組みである。
11. ベンチマークは何でもよいわけではない
コンポジットのパフォーマンスを顧客へ提示する場合、ベンチマークとの比較も重要になる。
例えば外国株式運用であれば、
ファンド:円ベースのトータルリターン ベンチマーク:外貨ベースのプライスリターン
のような比較では、そもそも同じ条件で比較できていない。
ベンチマークについては、運用戦略との整合性、通貨、為替、配当、税金、評価時点、為替ヘッジなどを確認する必要がある。
「株式だから絶対に配当込み」という単純なルールではないが、ファンド側が配当を受け取って再投資しているのであれば、トータルリターン型のベンチマークが適切になるケースは多い。
また外国資産では、ベンチマークの評価時点や為替レートがファンド側と大きく異なれば、それだけでトラッキング・エラーや超過収益に見える差が生じる可能性がある。
したがって、
ベンチマークは「有名な指数を使えばよい」のではなく、その運用戦略と同じ土俵で比較できるものを選ぶ
という考え方が重要になる。
12. 最後に
GIPSの実務で難しいのは、リターンの計算式そのものよりも、
「このポートフォリオを、この期間、このコンポジットに入れてよいのか」
という判断にある。そして、その判断には二つの視点がある。一つは、
GIPS上のルールに適合しているか
という視点。もう一つは、
その結果できあがったパフォーマンスが、顧客・プロスペクトにとって本当に意味のある比較可能なデータになっているか
という視点である。 例えば、為替ヘッジあり・なしを混ぜる、外国資産で評価時点の異なるポートフォリオを混ぜる、TTMとWM/Reutersなど異なる為替レートの影響を無視する、GrossとNetを混在させる、資産構築中の新規ファンドを無条件に組み入れる、大口キャッシュフローによって一時的に戦略を実行できない状態を無視する、といったことをすると、計算自体はできても、「その数字が何を表しているのか」が分かりにくくなる。 GIPSは、単に「計算できる数字を作る」ための仕組みではない。 運用会社のパフォーマンスを、恣意的な選別を排除しながら、顧客が比較・評価できる形で提示するための仕組みと考えると、コンポジットや非一任、Significant Cash Flow、新規ポートフォリオの組入れ基準といった個々のルールがつながって見えてくる。
